観光庁は新たなインバウンド戦略として、特定の市場に依存しない「観光客の多様化」を強力に推進する方針を明らかにしました。回復途上にある中国市場の動向を慎重に見極めつつ、大阪に続く新たなIR(統合型リゾート)計画の追加申請も検討する可能性を示唆しており、日本の観光戦略は大きな転換点を迎えています。
加速するインバウンド回復と「多様化」という新たな課題
背景:コロナ禍前を超える回復と潜むリスク
日本政府観光局(JNTO)の発表によると、2023年の訪日外客数は2,500万人を突破し、コロナ禍前の2019年比で約8割まで回復しました。特に欧米豪や東南アジアからの旅行者が回復を牽引しており、一部の国では2019年同月を上回る活況を見せています。
しかし、この回復の裏で、観光庁は新たな課題に直面しています。それは、コロナ禍前に浮き彫りになった「特定市場への依存」というリスクです。2019年には、訪日客全体の約30%にあたる約959万人が中国からの旅行者であり、その消費額は約1兆7,700億円と全体の36.8%を占めるなど、インバウンド市場は中国に大きく依存していました。
この構造は、国際情勢や相手国の経済状況によって日本の観光産業全体が揺らぐ脆弱性をはらんでいます。観光庁が今回「多様化の推進」を強調したのは、このリスクを分散し、より安定的で持続可能なインバウンド市場を構築するための明確な意思表示と言えるでしょう。
予測される未来:欧米豪・中東市場へのシフト
今後は、これまで以上に欧米豪や、経済成長が著しい中東地域からの誘客プロモーションが強化されると予測されます。これらの地域の旅行者は、滞在日数が長く、消費額も高い傾向にあります。また、ゴールデンルート(東京〜大阪)だけでなく、日本の地方が持つ独自の文化や自然体験への関心も高いとされています。
これにより、地方の観光地にとっては新たなビジネスチャンスが生まれる可能性があります。多言語対応はもちろん、食文化の多様性(ハラル、ベジタリアンなど)への対応や、長期滞在を促す付加価値の高い体験型コンテンツの開発が、今後の成功の鍵を握るでしょう。
注視される中国市場とIR計画の次なる一手
中国市場との「距離感」
観光庁は「中国市場の動向を注視する」としており、巨大市場を軽視するわけではありません。しかし、ALPS処理水を巡る問題や中国国内の景気減速など、不確定要素が多いのも事実です。
当面は、富裕層や個人旅行者(FIT)を中心にアプローチしつつも、かつてのような団体旅行に全面的に依存する戦略からは距離を置く姿勢が続くとみられます。これは、短期的な回復を追うのではなく、長期的な安定性を重視する戦略へのシフトを意味します。
未来への投資:大阪に続くIR計画の可能性
インバウンド戦略のもう一つの柱として示唆されたのが、IR計画の拡大です。2030年秋頃の開業を目指す大阪・夢洲のIR計画は、認定済みで、年間約1兆1,400億円の経済効果と約9.3万人の雇用創出効果が見込まれています。
観光庁がこれに続く「追加申請の検討」に言及したことは、IRを単なるカジノ施設としてではなく、国際会議や大型エンターテイメントを誘致し、世界中の富裕層を惹きつけるための国家的な戦略ツールと位置づけていることを示しています。
かつて誘致を目指した長崎県や和歌山県(後に撤退)の動向も再び注目されるほか、他の自治体が名乗りを上げる可能性も十分に考えられます。IRが実現すれば、その地域は世界的な観光デスティネーションへと飛躍するポテンシャルを秘めており、日本の観光地図を大きく塗り替えるインパクトを持つでしょう。
まとめ:日本の観光が迎える「量」から「質」への転換
今回の観光庁の方針は、日本のインバウンド戦略が、単純な人数の回復という「量」の追求から、収益性や安定性を重視する「質」への転換、そして「リスク分散」を本格化させる重要なシグナルです。
旅行者にとっては、より多様な国の人々と交流する機会が増え、これまで光が当たらなかった地方の魅力に触れるチャンスが広がるかもしれません。一方で、特定の観光地に人気が集中するオーバーツーリズムへの対策も急務となります。
市場の多様化とIRという新たな成長エンジン。この二つの歯車がどう噛み合っていくのか、今後の日本の観光戦略から目が離せません。

