抜けるように青い空と、どこまでも続く紺碧の地中海。燦々と降り注ぐ太陽の光を浴びて、パステルカラーの街並みがキラキラと輝く。ここは、南フランス、コート・ダジュールの女王と称される街、ニース。その名は、聞くだけで心が躍り、優雅なバカンスへの憧憬をかき立てます。
かつてヨーロッパの貴族たちがこぞって冬の寒さを逃れるために訪れたこの地は、今もなお世界中の旅人を惹きつけてやみません。しかし、ニースの魅力は、ただ美しいリゾート地という言葉だけでは到底語り尽くせないのです。
古代ギリシャの時代から港町として栄え、イタリアのサヴォイア家の領土であった歴史が色濃く残る旧市街。マティスやシャガールといった巨匠たちが愛し、その創造性を刺激した特別な「光」。地中海の恵みと山の幸が融合した、素朴ながらも滋味深い美食の数々。
この街は、訪れる者の五感を優しく、そして力強く揺さぶります。プロムナード・デ・ザングレを吹き抜ける潮風の香り、朝市の喧騒と色とりどりの花々、旧市街の石畳を歩く足音、そして丘の上から見下ろす「天使の湾(Baie des Anges)」の息をのむような絶景。そのすべてが一体となって、忘れられない旅の記憶を紡ぎ出してくれるのです。
さあ、日常を少しだけ遠くに置いて、光と色彩がシンフォニーを奏でる街、ニースへの扉を開けてみましょう。この街が、あなたにとって特別な場所になる理由が、きっと見つかるはずです。
なぜ人々はニースに魅了されるのか? プロローグ〜光と色彩のシンフォニー〜
ニースが単なる美しい海辺の街ではないことは、その地に足を踏み入れた瞬間に理解できます。そこには、長い歴史と多様な文化が織りなす、深く豊かな物語が流れているからです。なぜこれほどまでに、芸術家から貴族、そして現代の私たちまで、多くの人々がニースに心を奪われるのでしょうか。その答えは、この街を構成するいくつかの要素を紐解くことで見えてきます。
ひとつは、その地理的な特権です。南はどこまでも広がる地中海、そして背後には雄大なアルプスの山々が迫る。この地形が、ニースに独特の穏やかな気候をもたらしました。特に冬の暖かさは、19世紀のイギリス上流階級にとって大きな魅力でした。彼らは厳しい北国の冬を逃れ、この太陽の降り注ぐ土地で過ごす「越冬」をステータスとし、それがニースをヨーロッパ随一のリゾート地へと押し上げたのです。今もニースの海岸線を彩る「プロムナード・デ・ザングレ(イギリス人の散歩道)」という名は、その時代の名残に他なりません。
そして、ニースを語る上で欠かせないのが「光」の存在です。ニースの光は、ただ明るいだけではありません。澄み切った空気を通して降り注ぐ太陽光は、海や建物、木々の緑に反射し、言葉では表現しがたいほどの繊細で豊かな色彩を生み出します。それはまるで、巨大なパレットの上で絶えず新しい色が混ぜ合わされているかのよう。この特別な光に魅了されたのが、アンリ・マティスやマルク・シャガールといった20世紀を代表する芸術家たちでした。彼らはニースの光の中にインスピレーションの源泉を見出し、そのカンヴァスを鮮やかな色彩で満たしました。ニースの街を歩くことは、彼らが見たであろう光と色彩の風景を追体験することでもあるのです。
さらに、ニースの魅力はその複雑な歴史に根差しています。紀元前にはギリシャ人によって築かれ、ローマ帝国の支配を経て、中世以降は長らくイタリア文化圏のサヴォイア公国に属していました。ニースが最終的にフランス領となったのは、1860年と比較的最近のこと。そのため、街の随所にはイタリアの面影が色濃く残っています。特に旧市街(ヴュー・ニース)に足を踏み入れれば、その建築様式や細い路地の雰囲気、そして食文化に至るまで、フランスでありながらどこかイタリア的な、独特のハイブリッドな文化を感じ取ることができるでしょう。この二つの文化が溶け合った空気感こそが、ニースに他のどの街にもない深みと奥行きを与えているのです。
海、山、太陽、歴史、芸術、そして食。これらの要素が完璧なバランスで融合し、訪れる人々の心に響くシンフォニーを奏でる。それがニースという街の本質なのかもしれません。人々がニースに魅了されるのは、単に景色が美しいからではなく、この街が持つ豊かな物語と、五感を満たす多層的な体験に心を揺さぶられるからなのです。
ニースの心臓部を歩く 〜旧市街(ヴュー・ニース)の迷宮へ〜
ニースの旅は、ヴュー・ニース(Vieux Nice)と呼ばれる旧市街から始めるのが定石であり、また最良の選択と言えるでしょう。城跡の丘の麓に広がるこのエリアは、まるで時間が止まったかのような中世の面影を残す迷宮。一歩足を踏み入れれば、パステルイエローやオークル(黄土色)に塗られた建物が密集し、その間を縫うように細く入り組んだ石畳の路地がどこまでも続いています。ここは、ニースの歴史と人々の暮らしが凝縮された、街の心臓部なのです。
サレヤ広場の朝市 〜五感を揺さぶる色彩の洪水〜
旧市街の活気の中心地、それがサレヤ広場(Cours Saleya)です。火曜日から日曜日まで、この広場はまばゆいばかりの色彩とエネルギーに満ちたマルシェ(市場)へと姿を変えます。特に有名なのが花市。ゼラニウム、ブーゲンビリア、ラベンダーなど、南仏ならではの花々が所狭しと並び、その甘く豊かな香りが広場全体を包み込みます。それはまさに、色彩と香りの洪水。店先で陽気に客と会話を交わすマダムの笑顔も、この市場の風景をより一層魅力的なものにしています。
もちろん、市場の主役は花だけではありません。太陽の恵みをたっぷりと浴びた野菜や果物もまた、驚くほど色鮮やか。艶やかなトマト、瑞々しいズッキーニ、紫に輝くナス、そしてレモンやオレンジの山。これらを見ているだけで、ニースの食文化の豊かさが伝わってきます。地元産のはちみつやオリーブオイル、スパイス、そして郷土菓子などを売る店も軒を連ね、見ているだけでも飽きることがありません。市場で買ったばかりのフルーツを頬張りながら散策するのも、最高の贅沢です。
そして、月曜日にこの広場を訪れるなら、また違った顔に出会えます。この日は、ブロカント(Brocante)と呼ばれる骨董市が開かれるのです。古い食器や銀製品、絵画、アクセサリー、家具などがずらりと並び、宝探しのような気分を味わえます。旅の記念に、時代を経た小さな一品を見つけるのも素敵な思い出になるでしょう。
パステルカラーの迷路を彷徨う
サレヤ広場の喧騒を抜け、旧市街の細い路地へと迷い込んでみましょう。そこは、観光客向けの華やかさとは少し違う、地元の人々の生活が垣間見える空間です。建物の壁の色は、長い年月と潮風によって少しずつ色褪せ、それがかえって味わい深い風情を醸し出しています。見上げれば、アパルトマンの窓辺には色とりどりの洗濯物がはためき、まるで映画のワンシーンのよう。このような何気ない風景こそが、ヴュー・ニースの真の魅力なのです。
路地を気の向くままに歩いていると、ふいに小さな広場に出たり、荘厳なバロック様式の教会に行き当たったりします。中でも、サン・レパラート大聖堂(Cathédrale Sainte-Réparate)は必見です。17世紀に建てられたこの大聖堂は、外観の落ち着いた佇まいとは対照的に、内部は豪華絢爛な装飾で満たされています。静寂に包まれた堂内で、ステンドグラスから差し込む光を眺めていると、心が洗われるような気持ちになります。
迷路のような路地には、個性的なブティックやアトリエ、職人の店が隠れるように点在しています。手作りの石鹸やアクセサリー、地元のアーティストによる絵画など、ここでしか手に入らない一点ものを見つける楽しみも。地図を片付ける勇気を持って、偶然の出会いを楽しみながら彷徨うこと。それが、旧市街を最も深く味わうための秘訣です。
旧市街で味わう、ニースの伝統の味
旧市街は、ニースの伝統的なストリートフードの宝庫でもあります。散策でお腹が空いたら、ぜひ地元の味に挑戦してみてください。絶対に外せないのが「ソッカ(Socca)」です。これは、ひよこ豆の粉を水とオリーブオイルで溶き、大きな円形の鉄板で薄く焼き上げた、クレープのような料理。外はカリッと、中はもっちりとした食感で、素朴ながらも後を引く美味しさです。焼き立てを黒胡椒でシンプルにいただくのがニース流。熱々のソッカを片手に路地を歩けば、気分はすっかり地元っ子です。
もうひとつの名物が「ピサラディエール(Pissaladière)」。じっくりと炒めて甘みを引き出した玉ねぎをパン生地の上にたっぷりと乗せ、アンチョビと黒オリーブをトッピングして焼き上げた、ニース風のピザ(タルト)です。玉ねぎの甘みとアンチョビの塩気が絶妙なコンビネーションで、ロゼワインとの相性も抜群です。
その他にも、ひよこ豆の粉を揚げた「パニス(Panisse)」や、野菜の詰め物「ファルシ(Farcis)」など、試してみたい料理は尽きません。旧市街には、これらの名物料理を提供する小さな惣菜店やレストランが無数にあります。行列のできている店を探して、地元の人々に混じってテイクアウトするのも、旅の醍醐味と言えるでしょう。歴史的な街並みの中で、その土地に根付いた本物の味を堪能する。これほど豊かな食体験はありません。
紺碧の海と空の境界線 〜プロムナード・デ・ザングレを巡る〜
ニースと聞いて多くの人が真っ先に思い浮かべる風景。それは、優雅な曲線を描く海岸線に沿って続く、広々とした遊歩道ではないでしょうか。その名も「プロムナード・デ・ザングレ(Promenade des Anglais)」。旧市街がニースの「心臓」なら、この遊歩道は街の「顔」であり、地中海の息吹を最も身近に感じられる場所です。約7kmにわたって続くこの道は、ただの散歩道ではありません。ニースの歴史と文化、そして人々の日常が詰まった、特別なステージなのです。
「イギリス人の散歩道」の歴史と今
その名の通り、「イギリス人の散歩道」と訳されるこの遊歩道の歴史は、19世紀初頭に遡ります。当時、温暖な気候を求めてニースで冬を過ごすイギリス人貴族たちが、自らの散策路として海岸沿いの道を整備するよう提唱し、資金を提供したのが始まりです。かつては馬車が行き交う社交の場であったこの道は、今やニース市民と観光客にとって欠かせない憩いの場となっています。
朝には、朝日を浴びながらジョギングやウォーキングに励む人々の姿が。昼には、観光客がレンタサイクルやセグウェイで駆け抜け、地元の老人たちがベンチに座って談笑しています。そして夕暮れ時。太陽が地中線に沈むにつれて空と海がオレンジ色に染まる光景は、息をのむほどの美しさです。夜になれば、街灯がヤシの木をライトアップし、ロマンチックな雰囲気に包まれます。時間帯によって全く異なる表情を見せるのも、プロムナード・デ・ザングレの大きな魅力です。この道を歩けば、刻一刻と移り変わるニースの「今」を肌で感じることができるでしょう。
青い椅子(シェーズ・ブルー)に座って想うこと
プロムナード・デ・ザングレを象徴する存在、それが地中海に向かって並べられた無数の青い椅子、「シェーズ・ブルー(Chaises Bleues)」です。この椅子は、単なる休憩用のベンチではありません。ニースのアイコンであり、市民の誇りでもあります。1950年代に初めて設置されて以来、そのデザインは少しずつ変化しながらも、常にこの場所で人々を迎え入れてきました。
旅の途中で少し疲れたら、空いている青い椅子を見つけて腰を下ろしてみてください。目の前には、言葉を失うほどに青い地中海、通称「天使の湾(Baie des Anges)」が広がります。なぜ「天使の湾」と呼ばれるのか。それは、アダムとイブが楽園を追われた際に、天使がこの美しい湾を指し示し、「地上にもこれほど美しい場所がある」と慰めたという伝説に由来すると言われています。
椅子に座り、ただひたすらに海を眺める。打ち寄せる波の音に耳を澄まし、潮風を頬に感じる。そんな何もしない贅沢な時間こそが、ニースで得られる最高の体験かもしれません。行き交う人々をぼんやりと眺めたり、読書にふけったり、あるいは大切な人と語り合ったり。この青い椅子は、訪れる人々それぞれの物語を受け止めてくれる、特別な特等席なのです。
海辺のアクティビティとビーチカルチャー
プロムナード・デ・ザングレに面したニースのビーチは、南仏の他のリゾートとは少し違った特徴があります。それは、砂浜ではなく「ガレ(Galets)」と呼ばれる、こぶし大の丸い石で覆われていることです。このガレは、アルプスから流れてきた川によって運ばれ、長年波に洗われることで角が取れて丸くなったもの。太陽の熱をよく吸収するため、真夏は非常に熱くなりますが、そのおかげで海水は驚くほど透明度が高く、美しいコバルトブルーに輝きます。
ビーチは、有料のプライベートビーチと無料のパブリックビーチに分かれています。プライベートビーチでは、パラソルやデッキチェアをレンタルでき、レストランやシャワー、更衣室などの設備が整っているため、快適に一日を過ごすことができます。一方、パブリックビーチでは、自由に場所を選んでタオルを敷き、地元の人のようにリラックスするのがおすすめです。ただし、ガレの上は歩きにくく、素足では痛いこともあるので、マリンシューズを持参すると格段に快適になります。
夏には、海水浴や日光浴を楽しむ人々でビーチは溢れかえります。スタンドアップパドルボードやパラセーリングなどのマリンスポーツも盛んです。ビーチ沿いには、カジュアルなカフェから高級レストランまで、さまざまな飲食店が並びます。海を眺めながら冷たいロゼワインを片手にランチを楽しむのも、ニースならではのバカンスの過ごし方。ガレのビーチは、一見すると不便に感じるかもしれませんが、それこそがニース独特のビーチカルチャーを形成しているのです。
丘の上から見下ろす絶景 〜ニースを俯瞰する特等席〜
ニースの街並みと紺碧の海岸線を存分に楽しむなら、少し視点を変えて、高台からその全景を眺めるのが一番です。地上を歩くだけではわからない、この街の地理的な美しさ、建築物の調和、そして自然が織りなす壮大なパノラマ。それを堪能できる、とっておきの場所がニースにはいくつか存在します。喧騒を離れ、丘の上から見下ろす景色は、きっとあなたの心に深く刻まれることでしょう。
城跡公園(コリーヌ・デュ・シャトー)〜天使の湾を一望する〜
旧市街と港の間にそびえる小高い丘。そこが「コリーヌ・デュ・シャトー(Colline du Château)」、城跡公園です。かつてここにはニースの街を守る堅固な城塞が建っていましたが、18世紀初頭にルイ14世の軍隊によって破壊され、今ではその遺構がわずかに残るのみ。しかし、この場所はニース随一の展望台として、今もなお重要な役割を果たしています。
丘の上へは、旧市街の東端から続く階段を上るか、海沿いのホテル・スイスの近くにある無料のエレベーター(Ascenseur du Château)を利用するのが便利です。汗をかきながら階段を上るのも良い運動になりますが、エレベーターを使えばあっという間に頂上付近へ到着できます。
公園内に足を踏み入れると、緑豊かな木々が生い茂り、市民の憩いの場となっています。そして、展望台へ向かうと、目の前に広がるのはまさに絶景。西側を見れば、旧市街のオレンジ色の瓦屋根がびっしりと連なり、その向こうにはプロムナード・デ・ザングレが美しい弧を描いて地中海に沿っています。これこそが、ポストカードやガイドブックで何度も目にする、あの有名な「天使の湾」の眺めです。青い空、紺碧の海、そしてオレンジ色の屋根が織りなすコントラストは、まるで一枚の絵画のよう。
東側に目を向ければ、ヨットやクルーザーが停泊するニース港(ポート・リンピア)を見下ろすことができます。リゾート地としての華やかな顔とはまた違う、港町としての一面を垣間見ることができるでしょう。公園内には、美しい人工の滝もあり、涼しげな水音が心地よい癒やしを与えてくれます。特に、空が茜色に染まるサンセットの時間帯は格別。ニースを訪れたなら、必ず一度は足を運ぶべき場所です。
シミエの丘 〜ローマ遺跡と芸術の香り〜
ニース中心部から少し北へ向かうと、シミエ(Cimiez)と呼ばれる閑静な高級住宅街が広がっています。この丘は、かつてローマ帝国がこの地を支配していた時代の中心地「ケメネルム(Cemenelum)」があった場所。そのため、今でもローマ時代の遺跡が点在し、歴史の息吹を感じることができます。
シミエの丘のハイライトの一つが、ローマ遺跡です。ここには、かつて剣闘士の戦いや催し物が行われた円形闘技場(Arènes de Cimiez)や、市民の社交場であった公衆浴場の跡が残されています。2000年以上も前の建造物が静かに佇む様子は、ニースが持つ長い歴史の深さを物語っています。現在は公園として整備されており、オリーブの木々の下でピクニックを楽しむ家族連れや、読書にふける人々の姿が見られます。
このローマ遺跡に隣接して建つのが、シミエ修道院(Monastère de Cimiez)です。フランシスコ会の修道院で、その歴史は古く、美しい教会と博物館があります。そして、この修道院のもう一つの魅力が、手入れの行き届いたイタリア式庭園です。幾何学的に配置された花壇には色とりどりの花が咲き誇り、中央のパーゴラ(つる棚)からは、ニースの東側の街並みと地中海を望むことができます。城跡公園からの眺めとはまた違った、穏やかで落ち着いたパノラマが広がります。
さらに、このシミエの丘は芸術とも深い関わりがあります。後述するマティス美術館もこのエリアにあり、修道院の墓地にはマティス自身が眠っています。古代ローマの歴史、中世の宗教、そして近代アートが共存するシミエの丘。喧騒から離れて、静かに歴史と芸術に思いを馳せたい時にぴったりの場所です。
芸術家たちの愛した光を追って 〜ニースで巡るアートの旅〜
ニースは、ただの風光明媚なリゾート地ではありません。20世紀の偉大な芸術家たちを惹きつけ、彼らの創造性を育んだ「アートの街」としての顔を持っています。なぜ彼らはニースを選んだのか。その答えは、この土地ならではの特別な「光」にあります。地中海の青と空の青が溶け合う中で生まれる、透明感と力強さを併せ持った光。それは、色彩を追求する画家たちにとって、尽きることのないインスピレーションの源泉でした。ニースを旅することは、彼らが見た光と色彩の世界を追体験する、感動的なアートの旅でもあるのです。
マティス美術館 〜色彩の魔術師が愛した場所〜
シミエの丘のオリーブ畑に囲まれて静かに佇む、赤いジェノヴァ風の邸宅。それが、20世紀を代表する色彩の魔術師、アンリ・マティス(Henri Matisse)の作品を収めたマティス美術館(Musée Matisse)です。マティスは1917年から亡くなる1954年までのおよそ37年間をニースで過ごし、この街をこよなく愛しました。「私がこの光に気づいた時、自分の幸運を信じられなかった」と語ったほど、ニースの光は彼の制作に決定的な影響を与えたのです。
美術館となっている17世紀の「ヴィラ・デ・ザレーヌ」は、建物自体が美しく、周囲の緑と赤い壁のコントラストが印象的です。館内には、マティス本人やその遺族から寄贈された、彼の芸術家人生の全貌を物語るコレクションが展示されています。初期の写実的な作品から、フォーヴィスム(野獣派)時代の鮮烈な色彩の絵画、そしてニース時代に描かれた開放感あふれる室内画やオダリスク(ハーレムの女性)のシリーズまで、作風の変遷をたどることができます。
特に必見なのは、晩年のマティスが到達した「切り絵(グワッシュ・デクペ)」の数々です。病によって絵筆を握れなくなったマティスが、ハサミを新たな道具として生み出したこの技法。鮮やかに彩色された紙を切り抜き、配置して作られた作品は、単純なフォルムの中に驚くほどの生命力とリズム感を宿しています。「青い裸婦」シリーズや、ヴァンスのロザリオ礼拝堂のデザインに関する習作など、彼の芸術の集大成ともいえる作品群は圧巻です。マティスの目を通して見たニースの光と喜びが、時を超えて私たちの心に直接語りかけてくるようです。
シャガール美術館 〜聖書の世界に捧げられた愛のメッセージ〜
シミエの丘の麓、ニース中心部からもほど近い場所に、もう一つの偉大な美術館があります。正式名称を「マルク・シャガール聖書のメッセージ国立美術館(Musée National Marc Chagall)」というこの美術館は、その名の通り、シャガールが旧約聖書をテーマに描いた17点の連作「聖書のメッセージ」を展示するために、彼自身が構想段階から深く関わって建設されました。
シャガールは、特定の宗教のためではなく、すべての人々が共有できる精神的な場所としてこの美術館を考えました。そのため、建物は礼拝堂のような厳かさと、南仏らしい明るさを兼ね備えています。建築家アンドレ・エルマンと協力し、展示室には柔らかな自然光が降り注ぐように設計されており、シャガールの色彩豊かな作品を最高のコンディションで鑑賞することができます。
メインの展示室に足を踏み入れると、その圧倒的なスケールに息をのみます。「創世記」や「出エジプト記」、「雅歌」といった聖書の物語をテーマにした巨大なカンヴァスが壁を埋め尽くし、シャガール特有の夢幻的で詩的な世界が広がります。青を基調とした神秘的な色使いの中に、恋人たち、動物、天使たちが浮遊し、愛と平和のメッセージを力強く伝えてきます。
絵画だけでなく、シャガールがこの美術館のために制作したステンドグラスも見逃せません。「天地創造」をテーマにしたステンドグラスは、コンサートホールに設置されており、外からの光を受けて青のグラデーションが幻想的に輝きます。また、屋外の池には、旧約聖書の預言者エリヤをテーマにした美しいモザイク画が飾られています。ここは単なる美術館ではなく、シャガールの芸術と精神性が一体となった、祈りの空間なのです。
近現代美術館(MAMAC)〜ポップアートと前衛の衝撃〜
ニースのアートシーンは、マティスやシャガールといった巨匠だけで終わりません。より現代的で刺激的なアートに触れたいなら、近現代美術館(Musée d’Art Moderne et d’Art Contemporain)、通称MAMACへ向かいましょう。旧市街のすぐ北、ガリバルディ広場の近くに位置するこの美術館は、4つのタワーがガラスの通路で結ばれたユニークな建築が特徴です。
MAMACのコレクションの核となるのは、1960年代以降のヨーロッパとアメリカのアート。特に、ニース出身の芸術家たちが中心となった前衛芸術運動「エコール・ド・ニース(ニース派)」の作品群は必見です。その代表格が、「インターナショナル・クライン・ブルー」という顔料の特許まで取得したイヴ・クライン(Yves Klein)。彼の青一色のモノクローム絵画や、人の身体を絵筆として使った「人体測定」シリーズは、強烈なインパクトを放ちます。
また、廃品や既製品を圧縮して作品化したアルマン(Arman)の彫刻や、カラフルでパワフルな女性像で知られるニキ・ド・サンファル(Niki de Saint Phalle)の作品も充実しています。アメリカのポップアートの巨匠、アンディ・ウォーホルやロイ・リキテンスタインの作品も所蔵しており、ヨーロッパとアメリカの前衛芸術がダイナミックに交差する様を見ることができます。
そして、MAMACを訪れたら絶対に忘れてはならないのが、屋上のテラスです。ここからは、ニースの街並みを360度見渡すことができ、旧市街の赤い屋根、シミエの丘の緑、そして遠く地中海まで一望できます。眼下に広がる絶景そのものが、まるで一つの現代アート作品のよう。ニースの光と色彩を、現代的な視点から再発見できる場所です。
ニースの胃袋を満たす 〜美食の探求、ニソワーズ料理の神髄〜
旅の喜びは、美しい景色や芸術に触れることだけではありません。その土地ならではの「食」を味わうことこそ、旅を何倍にも豊かにしてくれる重要な要素です。ニースには、「キュイジーヌ・ニソワーズ」と呼ばれる独自の食文化が深く根付いています。これは、地中海の豊かな海の幸と、プロヴァンス地方の太陽を浴びた野菜、そしてアルプスに近い内陸部の食文化が融合して生まれた、素朴でヘルシー、そして滋味深い料理の数々。高級フレンチとは一味違う、ニースの日常に息づく本物の味を探求してみましょう。
これぞ王道!ニース風サラダの本当の姿
世界中のレストランでその名を見る「ニース風サラダ(Salade Niçoise)」。しかし、本場ニースで供されるそれは、私たちが想像するものとは少し違うかもしれません。伝統を重んじるニースの人々にとって、本物のニース風サラダには厳格なルールが存在します。「ジャガイモやインゲンなどの温野菜は絶対に入れない」というのがその代表格。
では、本場のニース風サラダとはどのようなものでしょうか。主役となるのは、新鮮な生の野菜たち。トマト、キュウリ、パプリカ、ラディッシュ、セロリ、そしてニース特産の小さな黒オリーブ「カイユティエ」。そこに、良質なツナ(またはアンチョビ)、固ゆで卵、そして生のソラマメやアーティチョークの芯などが加わります。ドレッシングは、上質なオリーブオイルとビネガー、塩、コショウ、ニンニクだけのシンプルなもの。素材の味を最大限に引き出すことに重きが置かれています。
一口食べれば、野菜のシャキシャキとした食感と瑞々しさ、ツナやアンチョビの塩気と旨味、オリーブの風味が一体となって口の中に広がります。それは、南仏の太陽そのものを食べているかのような、生命力に満ちた味わい。旧市街のビストロや、ビーチ沿いのレストランで、ぜひこの「本物」を味わってみてください。それは、ニースの食文化の哲学を理解するための、最高の入り口となるはずです。
海の幸と山の幸が出会う場所
海と山に挟まれたニースでは、その両方の恵みを活かした料理が楽しめます。地中海からは、毎日新鮮な魚介類が水揚げされます。港近くのレストランで味わう「スープ・ド・ポワソン(Soupe de Poissons)」は格別です。数種類の魚を煮込んで裏ごしした濃厚なスープに、クルトンとルイユ(ニンニクと唐辛子のマヨネーズ)、そしてチーズを浮かべていただきます。磯の香りが凝縮された一杯は、身体の芯から温まります。スズキやタイなどの白身魚をシンプルにグリルしたものも、素材の良さが際立つ逸品です。
一方、少し内陸部に目を向ければ、山の幸を使った料理も豊富です。代表的なのが「ドーブ・ニソワーズ(Daube Niçoise)」。牛肉を赤ワインと香味野菜、そしてセップ茸(ポルチーニ)などと共に長時間じっくりと煮込んだ、フランス版のビーフシチューです。とろけるように柔らかい牛肉と、旨味が溶け込んだソースは、ニョッキやポレンタと共にいただくのが定番。また、ウサギを使った料理も伝統的で、マスタードやハーブで風味豊かに調理されます。
これらの料理に合わせたいのが、地元プロヴァンス産のワインです。特に、軽やかでフルーティーなロゼワインは、ニースの気候と料理にぴったり。昼下がりのテラス席で、冷えたロゼワインを片手に食事を楽しむ時間は、まさに至福のひとときです。
甘い誘惑 〜パティスリーとジェラート巡り〜
食事の締めくくりや、散策の合間の休憩には、甘いものが欠かせません。ニースには、魅力的なパティスリーやジェラテリアがたくさんあります。南仏はフルーツの宝庫でもあるため、レモンやイチジク、アプリコットなどを使ったタルトは、どれもフレッシュで絶品です。特に「トゥルト・ド・ブレット(Tourte de Blettes)」は、ニースならではのユニークな郷土菓子。一見すると普通のパイですが、中には「ブレット」というフダンソウの一種と、松の実、レーズンなどが入っています。野菜を使ったデザートと聞くと驚くかもしれませんが、砂糖で甘く煮詰められたブレットはクセがなく、素朴で優しい味わいです。
そして、太陽が輝くニースで絶対に外せないのがジェラートです。旧市街には、数多くのジェラテリアが軒を連ね、ショーケースには色とりどりのジェラートが並びます。中でも、サレヤ広場近くにある「フェノッキオ(Fenocchio)」は、1966年創業の老舗で、そのフレーバーの種類の多さで知られています。定番のピスタチオやチョコレートはもちろん、ラベンダー、ローズマリー、タイム、トマトとバジル、オリーブオイルといった、プロヴァンスらしいユニークなフレーバーに挑戦してみるのも楽しい体験です。旧市街の石畳を歩きながら、お気に入りのジェラートを頬張る。それだけで、旅の幸福度は一気に上がることでしょう。
もう一歩足を延ばして 〜ニースからのショートトリップ〜
ニースの魅力は、その街の中だけに留まりません。交通の要衝でもあるニースは、コート・ダジュールに点在する個性豊かな街々への日帰り旅行の拠点として、この上なく便利な場所です。ほんの少し足を延ばすだけで、中世の面影を残す村や、香水の都、そして世界で二番目に小さな国家まで、全く異なる世界の扉を開くことができます。ニースでの滞在に数日余裕があるなら、ぜひショートトリップに出かけて、南仏の多様な魅力を満喫してください。
鷲ノ巣村エズ 〜天空の絶景と秘密の花園〜
ニースとモナコの中間に位置するエズ(Èze)は、「鷲ノ巣村」の名の通り、海抜400メートル以上の断崖絶壁に築かれた、まるで天空に浮かぶような村です。ニースからはバスで30分ほど。バスを降りて村の入り口に立つと、そこから先は中世にタイムスリップしたかのような世界が広がります。
車が入れないほど細く入り組んだ石畳の坂道や階段が、迷路のように続いています。蔦の絡まる石造りの家々、その軒先を彩るブーゲンビリアの鮮やかな花。どこを切り取っても絵になる風景に、思わずシャッターを切る手が止まらなくなります。路地には、アートギャラリーや小さなブティックが隠れるように佇んでおり、宝探し気分で散策するのが楽しい場所です。
村の散策のハイライトは、頂上にある熱帯植物園(Jardin Exotique d’Èze)です。かつて城があったこの場所には、世界中から集められたサボテンや多肉植物が、彫刻家ジャン=フィリップ・リシャールの女神像と共に配置され、独特の景観を作り出しています。そして、ここから見下ろす地中海のパノラマは、まさに息をのむほどの絶景。紺碧の海と空が溶け合う水平線を眺めていると、時が経つのも忘れてしまいます。村には、五つ星ホテル「シャトー・ド・ラ・シェーヴル・ドール」や「シャトー・エザ」といった超高級ホテルもあり、そのレストランで絶景を眺めながら食事をするのも、特別な思い出になるでしょう。
香水の都グラース 〜世界を魅了する香りの故郷〜
ニースから内陸へ、電車やバスで1時間ほど。そこは、世界的な香水の都として知られるグラース(Grasse)です。映画『パフューム ある人殺しの物語』の舞台にもなったこの街は、16世紀から続く香水産業の中心地。周囲の丘では、香水の原料となるラベンダーやジャスミン、ローズ、ミモザなどの花々が栽培され、街全体が優しい香りに包まれています。
グラースを訪れたなら、ぜひ老舗の香水工場を見学してみてください。「フラゴナール(Fragonard)」「ガリマール(Galimard)」「モリナール(Molinard)」といった有名な工場では、無料のガイドツアーが開催されており、香水の歴史や伝統的な製造工程を学ぶことができます。調香師(ネ=鼻)と呼ばれる専門家たちの繊細な仕事ぶりに触れると、普段何気なく使っている香水が、いかに芸術的な産物であるかがわかります。
多くの工場では、オリジナルの香水作りを体験できるワークショップも開催しています(要予約)。専門家の指導のもと、数十種類の香料をブレンドして、世界に一つだけの自分の香りを作り上げる体験は、旅の最高の記念になるはずです。もちろん、工場のブティックでは、多彩な香水や石鹸、アロマキャンドルなどを購入できます。歴史ある旧市街を散策したり、国際香水博物館で香りの奥深い世界を探求したりと、五感のうち「嗅覚」を存分に刺激される一日を過ごせるでしょう。
華麗なるモナコ公国 〜グランカジノとF1の舞台へ〜
ニースから東へ、電車に乗ればわずか20分ほどで、国境を越えてモナコ公国に入国できます。バチカン市国に次いで世界で二番目に小さなこの国は、タックスヘイブン(租税回避地)として知られ、高級ホテルやカジノが立ち並ぶ、華やかでグラマラスな雰囲気に満ちています。
モナコのハイライトは、何と言ってもモンテカルロ(Monte-Carlo)地区です。ベル・エポック様式の豪華絢爛な建物「グラン・カジノ」は、その象徴的な存在。ドレスコードを守って中に入れば、きらびやかなシャンデリアの下でゲームに興じる人々の姿があり、まるで映画の世界に迷い込んだかのようです。カジノ前広場には、フェラーリやランボルギーニといった高級車がずらりと並び、その光景を眺めているだけでも楽しめます。
また、モナコはF1グランプリの開催地としても有名です。レースが開催されていない時期でも、市街地コースの一部を実際に歩いてみることができます。ローズ・ヘアピンやトンネルなど、テレビで見たことのある有名なコーナーを自分の足で辿ってみるのは、モータースポーツファンならずとも興奮する体験です。
一方で、断崖の上に位置する旧市街(モナコ・ヴィル地区)は、モンテカルロの喧騒とは対照的に、落ち着いた雰囲気が漂います。大公宮殿(衛兵交代式は必見)や、グレース・ケリー妃が眠るモナコ大聖堂、そして世界的に有名な海洋博物館など、見どころも豊富。小さな国の中に、華やかさと歴史、そして美しい地中海の景色が凝縮されたモナコ。ニースからのショートトリップ先として、最も手軽で刺激的な選択肢の一つです。
ニースを賢く旅するための実践ガイド
ニースの魅力を存分に味わうためには、少しの準備と知識が役立ちます。いつ訪れるのがベストなのか、街の中での移動はどうすればスムーズか、どこに泊まるのが自分のスタイルに合っているのか。ここでは、あなたのニース旅行をより快適で充実したものにするための、実践的な情報をお届けします。
ベストシーズンはいつ?
温暖な地中海性気候に恵まれたニースは、一年を通して訪れることができる街ですが、目的によってベストシーズンは異なります。
- 春(4月〜6月)
気候が最も穏やかで過ごしやすく、観光には最高の季節です。日差しは心地よく、街や周辺の村では花々が咲き乱れます。夏のバカンスシーズン前なので、観光客も比較的少なく、ホテル代も落ち着いています。街歩き、美術館巡り、日帰り旅行など、あらゆるアクティビティを快適に楽しみたいなら、この時期が断然おすすめです。
- 夏(7月〜8月)
ヨーロッパ中からバカンス客が押し寄せる、最も賑やかなシーズン。太陽は力強く輝き、海水浴や日光浴には最適です。ビーチは活気に溢れ、街全体がお祭りのような雰囲気に包まれます。ただし、気温は30度を超える日が多く、日差しも強烈です。観光客でどこも混雑し、ホテルや航空券の料金も最も高騰します。リゾート気分を満喫したい、海で思い切り遊びたいという方にはベストですが、暑さと混雑は覚悟が必要です。
- 秋(9月〜10月)
夏の喧騒が少しずつ落ち着きを取り戻し、再び過ごしやすい気候になります。9月上旬まではまだ十分に海水浴を楽しめ、海水温も高めです。日差しは和らぎ、空気は澄んで、プロムナード・デ・ザングレから見る海の色は一層美しく感じられます。観光客も減ってくるため、ゆったりと街を散策したい方には春と並んでおすすめの季節です。
- 冬(11月〜2月)
北ヨーロッパに比べれば格段に温暖ですが、コートやセーターは必要です。観光客が最も少ないオフシーズンなので、美術館などを静かにじっくりと鑑賞したい方には狙い目です。ホテル代も手頃になります。そして、2月には世界的に有名な「ニースのカーニバル」が開催されます。巨大な山車が練り歩くパレードや華やかな花合戦など、街中が熱気に包まれるこの時期に訪れるのも、特別な体験となるでしょう。
ニース市内の交通事情
ニースは比較的コンパクトな街ですが、効率よく移動するためには公共交通機関を上手に利用するのが賢明です。
- 空港から市内へ
コート・ダジュール空港(NCE)からニース市内中心部へのアクセスは非常に便利です。最もおすすめなのはトラム(路面電車)の2号線。空港のターミナル1と2の両方に乗り場があり、中心部のジャン・メドサン通りや港(ポート・リンピア)まで直通で行くことができます。料金も手頃で、渋滞の心配もありません。バスも運行していますが、トラムの方が分かりやすく快適です。
- トラム(LRT)
ニース市内の主要な場所を結ぶトラムは、市民と観光客の重要な足です。現在は複数の路線が運行しており、特に中心部を南北に貫く1号線と、東西に空港と港を結ぶ2号線は利用頻度が高いでしょう。チケットは乗り場の券売機で購入でき、乗車後は必ず車内の刻印機で打刻するのを忘れないようにしてください。1日券や複数回券などを利用するとお得です。
- バス
トラムが通っていないエリアへ行くにはバスが便利です。シミエの丘のマティス美術館やシャガール美術館、あるいはエズなどの近郊の村へ行く際にも利用します。路線網は複雑ですが、Googleマップなどのアプリを使えば、乗るべきバスの番号やバス停の場所を簡単に調べることができます。
- 徒歩
旧市街やプロムナード・デ・ザングレ、メインストリートのジャン・メドサン通り周辺といった中心エリアは、徒歩で十分に見て回ることができます。石畳の路地を気ままに歩き、街の空気を肌で感じるのがニース観光の醍醐味です。
滞在エリアの選び方
ニースでの滞在をどのようなものにしたいかによって、おすすめのエリアは変わってきます。
- 旧市街(ヴュー・ニース)エリア
歴史的な雰囲気にどっぷりと浸かりたい方におすすめ。石畳の路地やパステルカラーの建物に囲まれ、朝は市場の活気、夜はレストランの賑わいを感じられます。ただし、古い建物を改装したホテルが多く、エレベーターがなかったり、部屋が狭かったりすることもあります。夜遅くまで賑やかな場所も多いです。
- ジャン・メドサン通り/マセナ広場周辺
ニースのメインストリートであるジャン・メドサン通りや、その南に広がるマセナ広場周辺は、交通の便が最も良いエリアです。トラムの駅も近く、ショッピングや食事にも困りません。旧市街やビーチへも徒歩圏内で、利便性を最優先する方に最適です。近代的なホテルが多いのも特徴です。
- プロムナード・デ・ザングレ沿い
オーシャンビューとリゾート感を満喫したいなら、このエリア以外にありません。窓から天使の湾を眺め、朝は海辺を散歩し…といった優雅な滞在が叶います。伝説的な高級ホテル「ル・ネグレスコ」をはじめ、多くのホテルが並びますが、料金は比較的高めです。
- シミエ地区
中心部の喧騒から離れ、静かで落ち着いた滞在を望む方には、高台の高級住宅街シミエがおすすめです。美しい邸宅や緑に囲まれ、ゆったりとした時間を過ごせます。マティス美術館やシャガール美術館(の麓)にも近く、芸術鑑賞が目的の方にも良いでしょう。ただし、中心部へはバスなどでの移動が必要になります。
旅の終わりに、そして次の旅の始まりに
ニースの旅を終え、帰路につくとき、あなたの心には何が残っているでしょうか。
きっとそれは、一枚の写真や一個のお土産だけではないはずです。瞼の裏に焼き付いた、天使の湾のどこまでも深い青。肌を撫でた、プロムナード・デ・ザングレの心地よい潮風。鼻腔をくすぐった、サレヤ広場の花々とスパイスの香り。舌の上でとろけた、本場のニース風サラダと冷たいロゼワインの味わい。そして、旧市街の石畳に響いた、あなた自身の足音。
ニースは、訪れる者の五感のすべてに、鮮やかな記憶を刻み込む街です。マティスやシャガールがこの地で見出した特別な「光」は、あなたの心の中にも、きっと小さな灯りをともしてくれたことでしょう。それは、日常に戻ってからもふとした瞬間に思い出され、心を温めてくれる、旅からの贈り物です。
丘の上から眺めたオレンジ色の屋根の連なりは、この街が積み重ねてきた長い歴史と、そこに暮らす人々の営みを物語っていました。青い椅子に座って海を眺めた何気ない時間は、何もしないことの豊かさを教えてくれました。
この街で過ごした時間は、あなただけの物語の新たな一章です。そして、ニースという街が持つ不思議な魅力は、一度訪れた者を「また必ず戻ってきたい」と思わせる力を持っています。この旅の終わりは、決して本当の終わりではありません。それは、次にこの紺碧の海岸を訪れる日を夢見る、新しい旅の始まりなのです。
あなたのニースの物語が、光と色彩と喜びに満ちた、忘れられないものとなりますように。そして、いつかまた、この愛すべき街で再会できる日を願って。

